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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)192号 判決

本籍

東京都杉並区下井草四丁目三七番地

住居

東京都杉並区下井草四丁目二番三号

歯科医師

林原和豊

昭和二年五月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官馬場俊行出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都杉並区下井草四丁目二番三号ほか二か所において、「林原歯科医院」の名称で歯科医業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自由診療収入の一部を除外して仮名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が二七三三万三六六七円(別紙一修正貸借対照表参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一五日、東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号所在の所轄荻窪税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が五九〇万九〇九二円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額六九万〇二五九円を控除すると七万七〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第七五三号の3)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額九八六万五八〇〇円(別紙四税額計算書参照)と右申告税額との差額九七八万八八〇〇円を免れ

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が五四二二万〇七〇七円(別紙二修正貸借対照表及び修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月一七日、前記荻窪税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が一七二〇万七五〇二円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一三〇万六七六二円を控除すると三八六万五二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の4)を郵便により提出し(通常要する郵送日数を基準とした通信日付は同月一五日)、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二五八〇万七六〇〇円(別紙四税額計算書参照)と右申告税額との差額二一九四万二四〇〇円を免れ、

第三  昭和五四年分の実際総所得金額が二四三三万五七〇七円(別紙三修正貸借対照表参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一五日、前記荻窪税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が七一八万一九一七円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一〇七万八五二四円を控除すると六九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の5)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額七七九万九〇〇〇円(別紙四税額計算書参照)と右申告税額との差額七七九万二一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書五通

一、被告人作成の上申書

一、羽方京子、日戸収、木頭清二郎、岡田雅明、遊佐誠、宇野慎二、飯田三郎及び林原香の検察官に対する各供述調書

一、収税官吏の宮田裕子、竹本泰啓、関根充、三宅雄二郎、福田直及び川村博に対する各質問てん末書

一、収税官吏作成の国民健康保険料、定期預金及び利息、普通預金及び利息、通常貯金及び利息、定期預金設定状況並びに林原義明埼玉医大入学資金繰に関する各調査書各一通

一、検察官、弁護人及び被告人作成の合意書面

一、収税官吏作成の申告手続きに関する調査報告書

一、荻窪税務署長作成の証明書

一、押収してある来患日誌一袋(昭和五六年押第七五三号の1)、所得税確定申告書四袋(同号の2ないし5)、所得税青色申告決算書四袋(同号の6ないし9)及び三井総合口座取引約定書五通(同号の10)

(補足説明)

被告人は、当公判廷において、昭和五一年一二月以前に発生した預金等の資産が国税局で調査した以外に約二〇〇〇万円あり、これが本件における預金等に持ち込まれている旨供述しているようであるが、右供述自体不確実であいまいなものであるところ、関係証拠によれば、昭和五一年一二月以前に被告人主張のごとき資産が存在し、かつこれが本件対象年度の資産に持ち込まれている事実のないことは明らかであるから、被告人の右供述は信用できない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとしいずれも所定の懲役と罰金を併科し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金一四〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和二七年日本大学専門部歯科を卒業後、歯科医院等の勤務医を経て、同三一年に東京都品川区で「林原歯科医院」を開業し、同三五年には肩書住居に移り、同四九年八月には「新狭山分院」を、同五四年七月には「高田馬場分院」をそれぞれ併設開院して歯科医業を営んでいるものであるところ、本件は、被告人において、自由診療収入の一部を除外して仮名預金を設定するなどの方法により、三年度にわたり合計三九〇〇万円余りの所得税を免れたというものであり、ほ税率は、源泉徴収税額を考慮しても八四・九パーセントとかなり高率である。そのなかで被告人は、歯科衛生士などに指示して、実際の自由診療収入などを記録した来患日誌から収入の一部を除外した公表用の来患日誌を作成させたうえ、後日実際の来患日誌を処分するなどしており、犯行の態様も悪質である。しかも、脱税の動機には、格別斟酌すべきものはない。以上の諸事情に加えて、近年歯科医師を含む医師による脱税が社会問題化されており、こうした風潮に対する一般予防の見地からしても、被告人の刑責は決して軽いものとはいえず、本件は、弁護人の主張するように到底罰金刑のみを選択すべき事案ではない。

しかしながら、本件の脱税額は、この種起訴事案としては比較的少なく、また、被告人は、本件発覚後脱税分につきいずれも修正申告をしたうえ、本税、重加算税等をすべて納付していること、今後は正しい申告を行なう旨供述していること、これまで前科前歴がないことなどの有利な事情も認められ、その他本件にあらわれたすべての事情を考慮して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 久保眞人 裁判官 川口政明)

別紙一 修正貸借対照表

昭和52年12月31日

林原和豊

〈省略〉

別紙二 修正貸借対照表

昭和53年12月31日

林原和豊

〈省略〉

修正損益計算書

林原和豊

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

別紙三 修正貸借対照表

昭和54年12月31日

林原和豊

〈省略〉

別紙四 税額計算書

(林原和豊)

〈省略〉

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